地中海風ダイエットと現代病

 
◆地中海風ダイエットと現代病◆

「地中海風ダイエット」と聞けば、実にその魅惑的な響きに誘われて、未だ日本には紹介されたことのない素晴らしい、とっておきの「ダイエット」と誰しも想像するでしょう。「ダイエット」という言葉は元はギリシャ語のDAITAから来ており、「生活の仕方」というような意味が元来あります。古代ギリシャでは既に人生における「良い」生き方と食事の関係に着目し、ダイエットとは「良き人生を導く法」ということと、命を支える物、すなわち食物、栄養物という両方を指します。したがって精神と肉体の調和を計る上で、バランスの取れた食事及び食事法がダイエットということになります。さて地中海風とは地中海に接している地域に共通する食材という意味があり、したがって地中海風ダイエットとはこの地域で伝統的に食されてきた食事と言うことになりましょう。

1950年代までのイタリアの食事をみると、主食は穀類(パン、パスタ、ポレンタ)そして野菜、果物、植物油(オリーブ油)、牛乳、チーズ、魚というのが平均的食材であり、食肉は常時食されていたわけではなく、今でいうなら「代替食」でした。
イタリアではこの数十年の生活向上に伴い、数々の「文明食品」が産業先進国からもたらされ、もはやかつての貧しい食生活は忘れ去られ、それに代わって、もっと食肉を、もっと獣脂を、もっと砂糖をと追い求めてきました。このあたりの事情はどこかの国と良く似ていませんか。その結果現在は言うまでもなく美食飽食偏食に陥り、いわゆる「文明病」(糖尿病、動脈硬化症、高血圧症)が多発しています。ということは世界中に健康食というふれ込みでイタリア料理ブームを巻き起こし、日本でもイタリア料理レストランがどこにでも見られるようになりましたが、「現在」のイタリア料理ははたして本来の健康食でしょうか、またイタリア料理の大好きな方の共通の悩みーー太り気味ーーは避けられないでしょうか。そこで地中海風ダイエットの登場です。

もう既にお気づきでしょう。食生活は1950年代にその手本が求められ、そこに健康を維持する秘密が隠されていると見てよいでしょう。それでは地中海地域に生産され、しかも長い伝統に支えられてきた食物を一つ一つ調べてみましょう。

1、パスタ  イタリア料理の代名詞とも言うべきパスタはその料理のヴァリエーションが余りに豊富で、しかもつい食べ過ぎの傾向があります。こちらではどの家庭でも一日または二日に一度はパスタが付きますので、ほとんど毎日食べているわけです。従ってより美味しく食べる工夫をこらす結果、パスタに和えるソースはどうしても内容が濃い物になりがちです。ゆであがったパスタに新鮮な生のトマト、生のバジリコ、パルメザンチーズを一振りかけ、生のオリーブ油をまぶせば、これで一品地中海ダイエットの出来上がりです。但しイタリア人の年間平均パスタ消費量は32Kg,ドイツ人は6Kg,英国人は700gとのことですから、食事の量に気をつけてください。それには日本人の場合、まず蕎麦うどんの時の様にすすって食べずに、一回毎にフォークに少しづつまいて、それを35回まで数えて、良く噛むことです。イタリア人の肥満患者にも30ー50回噛むように指導しています。簡単なことですが、実際に実行してみると、必ず食事量はコントロール出来ます。

2、パン  日本では英米流の柔らかいパンが多いですが、地中海を取り巻く国々では、その昔から外側も内側も固めのパンが主流です。どんなにパスタがあっても、パンのない食卓というのは考えられません。日本の御飯に相当する主食は今でもパンであることに変わりはありません。しかしイタリアにおけるパンの消費量は1939年に一人当たり326gありましたが、年々低下傾向にあり、現在は205gです。最近は一時姿をけしていたpane integrale パーネ インテグラーレと称する原麦入りパンが出回る様になり、繊維質が豊富なことから、健康食として賞味されています。

3、オリーブ油  地中海ダイエットの基本食品の代表はオリーブ油です。地中海地域に有史以前からあったと言われ、現在もなお地中海農産物として増産が続けられており、一本のオリーブの苗が実を付け、収穫出来るまで10ー15年、最大収穫年齢まで35ー40年かかるといわれます。一本のオリーブの木から約15Kgの実が採れ、その実から3リットルのオリーブ油が抽出されます。地中海の三大オリーブ国といえば、ギリシャ230万トン、スペイン500万トン、イタリア700万トンの年間生産高となります。大変な量とお考えでしょうが、世界全体の食用油脂類の中では4、3%を占めているにすぎません。そしてオリーブ油の生産の大部分は生産国内で消費されています。ギリシャでは食用植物性油の93%、スペインは84%、イタリアは51%がオリーブ油です。オリーブ油は熱を加えるとその性格が変わります。生食を原則としますが、動物性油脂類と違って、血中コレステロール値を上げも下げもしませんから、太り気味の人も安心して使えます。

4、 ワイン   古代ギリシャ時代以来地中海沿岸諸国では何処にでも作られ、特にイタリアでは全ての州でイタリアンワインの生産が見られ、星の数ほどの銘柄があります。最近のワイン消費量はイタリア国民一人当たり年間95リットルとビールの消費が伸びているため若干頭打ちです。またこの十年でワイン自体の嗜好も大きく変化しています。かつては2/3 は赤ワインでしたが、食生活の変化に応じて現在では赤白それぞれ50%づつの生産比率になっています。イタリアワインはほとんどがいわゆるテーブルワインであり、料理と一緒に賞味されます。従って料理を引き立て、食欲を増進する大切な役割をもっています。

5. 魚介類   地中海には暖流も寒流も流れていませんから、決して魚影の濃い海ではありません。大型魚としては地中海マグロ、かじきマグロ、鮫といったところで、漁も限られています。一方地中海ダイエットの主役はいわゆる背の青い魚 カタクチいわし、鯖、サーディンです。75万トンの年間国内漁獲量の内、15万トンの貝類(アサリ、ムール貝等)を除くと、その約半分は背の青い魚です。しかしこの主役も近年はスズキ、ヒラメ、鯛という高級魚に奪われ、年々輸入の割合を増やしています。イタリア人一人当たりの年間魚介類消費量は約10Kgといわれ、この内半分以上は輸入ですので、3Kg程の国産魚の消費が増えれば、輸出入もバランスすると言われています。地中海域におけるサーディンの漁獲高はそれでもイタリアが一番多いのですから、地中海ダイエットの地位を取り戻してほしいものです。以上のような恵まれた食材と長い歴史に育まれながら、この数十年のイタリア人の食生活はどうして変わってしまったのでしょうか。世界中にイタリア食がヘルシーであると宣伝されている割には、それを生産し、最も消費している国の食生活の「現代化」がかくも健康をむしばみ始めているのは驚くべきことでしょう。

地中海地域の食材はキリスト以前から自然が人々に与え、その自然に人々は従って生きてきたわけですから、当然この地域における信仰、宗教もこの地域の食材と密接に結びついています。従って人々が生活する地域に合致した食材を中心とした食事こそ健康と長寿を維持する最も基本的な要素といえるでしょう。
イスラム教、ユダヤ教、仏教等世界中の主だった宗教には食を節制する期間があります。一定期間の断食は損なわれた健康を回復するのに効果がありますが、それだけではなく、精神生活の向上を目指すときに必ず必要になると思われます。現代では節食断食が出来なくなったためなのか、あるいは信仰に向かう精神性が低くなったためなのか、もはや美食飽食偏食に歯止めがきかなくなってきています。
適切な食材、食事は健康維持に繋がり、健康は健全な精神へと橋渡しをしてくれます。ギリシャ時代から伝わる「健全な精神は健全な肉体に宿る」という言葉を今こそ思い起こすときではないでしょうか。

(完)


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